1月28日、寒くなりそう~!
なんやらなんやらで準備等もあって午前11:10自宅出発
午前11:23北関東道・伊勢崎から乗る
東西を走る北関東道は車窓からの眺めはヨイ!走行速度にカメラのシャッターが追いつかず景色が流れてしまうため、よい画像はなかなか撮れない~
12:50頃約束の地点笠間PAに着いた
そこでメール&携帯で連絡取る
「茨城町西で高速を降りて友人と合流。友人夫妻のナビケ―トで
JAいばらきの「ポケットファームどきどき」に到着。
ここで友人夫妻はちょっとお買いもの
茨城町の友人宅に到着!友人と夫は那珂湊へ。
私は体力的に行くのは無理そうなので、迎えてくれたパピヨンの「アンズちゃん」とお留守番
いいお顔をしている高齢のご婦人は~?夫の友人のお母様。
いろいろとお話ししてくださいました。
子供の頃の農作業のことから和裁を完璧にこなし、いとずめまでご自分で縫ったと自慢!
いとずめとは、なんと花嫁衣装のことだそうです。ウヲォ―すごい~!
ご自分で見よう見まねで植木屋さんの松の剪定までやっちゃうし、趣味の詩吟や薬草の会に参加したりと何事にも興味を持ってとにかくお話がおもしろかったー♪
86歳という高齢なので多少会話のリピートが多かったのですが、(レコードの針がとんだり傷がついたりで同じところを何度も繰り返すことに似ている~)
お母様のおっしゃることには含蓄があって
「私は、おしゃべりだけど、人の悪口は言わない、人は十人十色、百人百色」とおっしゃっていた。もう学ぶことだらけで感動の連続でした。ありがとうYさんのお母様
夜は酒盛りで~
この日は、友人宅の二階に泊まらせていただいた。このことをモレスキンに書きました。
翌日、帰る前にまたも「ポケットファーム」に寄りお買い物。そのときふたりをパチリ!
このあと別れて、
午後3:42茨城西インターから北関東道に乗る
午後4:30栃木都賀JCTに入る。栃木都賀~岩舟JCT区間は北関東道と東北道とかぶっている区間。
午後4:44出流原(イズルハラ)PAにてトイレ休憩。寒くてまともに撮れない~。
駐車スペース少なく、あまりサービスない(トイレと喫煙スぺ―スとせいぜい自販機くらい)4:59出発
午後5:30駒形から北関東自動車道を降りる
駒形から南へ伊勢崎方向に向かって走り金曜日にオープンしたスーパーでお買いものして帰りました。
茨城と群馬では、気象予報士の発表では茨城の気温の方が低いのですが、体感はやっぱ群馬の方が寒いです。たぶん群馬の方は風が強く吹くからだと思います。
群馬と茨城は近い、近いといっても往復の走行距離は303㎞でした。
夫と茨城の友人とはそろそろ30年くらいのつきあい。
20年以上前、我が家に入り浸り(まるで映画「欲望という名の電車」のごとく:映画では、マーロン・ブランド演ずる男は毎夜友達を家に、それも狭い雑多な家でカード遊びや酒盛りの日々・・・)
今からすれば昔ですが、私たちには今もあの頃はつい最近のごとく鮮やかによみがえるコトなのでした・・・。
そういう関係で今回の十年以上ぶりの再会になりました。
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★
市内の機能回復の会に参加して一年間の参加期間が終了し会を卒業。その後OBに呼びかけてサークルをつくった。でも活動にどうしても気持ちがついていけなくなった。それで元PTで現市議の方に相談し、現在市内の機能回復の活動で指導されている言語聴覚士(ST)の先生にも相談したのですが・・・。 先生方のご意見はもっともなのですが、私のモチベーションは、もう上がらない。というよりも違うことに気持ちが向いていて、もうそちらのことでしか考えられない。 私たちって、まず体の回復なんですよ。回復といってももう元には戻れないけれども限りなく元に近い状態に戻りたいので、ふつうの人は、それが大テーマ。 でも、私は、回復とか復活よりももっと違うことに目が向いているそれは 飛躍 したいのです!えー?ただでさえ足りてないのに・・・。
ゼロから10になるのではなくて、マイナス50くらいからプラス100くらいになりたい~という。
以前
もう誰も愛さない というドラマがあって→
こちら のなかで、吉田栄作演じる主人公が、横領をそそのかしたり、殺人に手を染めるんだったり、女性を騙したりして途中で騙したはずの女性から復讐のようなかたちで軟禁生活みたいになるのですが、主人公の男は、途中で半身不随ぽくなるのですが見事に復活してまたさらに何やらやるというおはなしだったのです・・・結末は覚えてないのですが、展開が派手でいったい何がいいたいのか?だから何なのか?というようなドロドロなドラマだった。
そのドラマみたいに私は、窮地に追い込まれても復活して起き上がる~というようなブラックミラクルみたいにちょっとならないかなーとねらってるわけです。
ドラマはあくまでもドラマで現実はそう簡単に人間は大きなダメージから這い上がるのは難しいです。
でも自分が負った傷は自分でふさぐしかない!のかも・・・。
病院が早期に退院させたのでリハビリが不充分!だと言って、いつまでもまともに歩けないのは、病院や制度のせい、ろくにリハビリしてくれない担当PT・OPのせいだ!と言ってる人がいるのだけれども、リハビリは、まわりの人が治すのではなくてあくまでも自分の自力であって、先生がたはフォローだったりナビケ―ト!
やっぱ、自分で傷はふさぐしかない!
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昨日の天気予報だと、今日が寒いということだったので、昨日のうちに買い物した。このところの天気予報は、きまって夕方から雪か雨。極端に寒いと左足がそっくりかえりそうになるので、うまく歩けない。以前は、靴のせいだと思って、靴を買い替えることに躍起になっていたが、それは靴のせいではなく右脳内出血の際に壊れた左手足の運動機能の神経が切れたせいであることだとやっと自覚。
このノートは例のとおりのモレスキン。最近、モレスキン手帳を復活させた。といっても使い方を変えたのだ。
私は、身体がこんなになってしまったこの後の人生をどうするものか?と常日頃から悩み、とにかく悩みぱなしだった。今日も悩み、昨日も悩み、去年も悩み、一昨年も悩み・・・4年前に会った友達の私を受けた印象はただ「悩んでいる」であって、時間が経つと年季が入った悩みにすぎない。
で、こんなんじゃいかん!と・・・
上のページは、私の苦悩?を書いた。というか、障害者の社会での不都合感を書いたのだ。
それまでのモレスキンは、スケジュール帖を使っていたり、線が引かれているものに雑記として使用していた。もしくは、イラストの練習帳として靴ばかり描いていた。
でも、「人生は1冊のノートにまとめなさい」↓ということで
VIDEO 私もそうすることにしたのだ!日記もメモもイラストも何でも書くことに!書くというよりも「残す」ことにしていこうと思ってそういうふうにモレスキンに自分を投影?・・・ちょっとオーバーかな?というように書くという日常にしていこうと思ったのだ!
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この下の3枚は、橋の上で見つけ撮った地震雲~?と疑わしき画像です。
↑こちらの画像は、あせっていたのでサイズの調整が間に合わなかったのです。
見ずらいと思いますが、遠くの方にうっすらと雲が細長く何本か並んでいました。
↓向こうに写ったのは、赤城山です。この日は、風の強い群馬南部にしては、風がなかったです。風のない日、寒さがきつくない日の赤城山は、かすみがかっています。
こちら側で写った雲は、細くはないけれども、太いながらも一定方向に長く伸びているようにみえませんか?これがきっと地震雲よ!
こちら↓の画像は、一枚目の画像側の方向を東方面に向かっています。雲がいわゆる綿菓子のようにもわもわしているのではなく、ラインで雲の部分と雲がない部分に仕切られているようにかんじます。
これは、水曜日の午前中のことでした。このあと、12時半過ぎに福島沖で震度3の地震がありました。
この次の日の昨日も実は細めの雲が確認されました。(私がカクニン) こうやって、私たちの頭上では、毎日、地震のメッセージは送られているようです。 この日は、ちょっと離れた場所の人も確認しています。 地震がこやってはっきりと目に見えるかたちでキャッチできるんですね。以前本で読んだのですが、地震雲って、なんか磁力のようなものが動くと連動して動くということらしいんです。まだ科学的に断定されていないので・・・ただ研究してないだけだと思いますが、気象予報士なんかに言わせると、地震雲なんて「ない」そうです。 それから昨日の午後から群馬県の天気予報で群馬南部は雪!でも、昨日の夜はまだ降んなかった。
それで降り始めたのは、今朝7時半頃からでした。はじめはうちはみぞれぽかったのですが、どんどん雪が
降ってきました。
ついでに動画撮りました。雑音はラジオです。
VIDEO このところノートをいろいろ整理しています。↓、一応私ということです。
お菓子のつくり方など書きとめています。以前は、切り抜きをべたべた貼っただけでしたが、貼ったことで満足してしまい、記憶から流れていってしまうのです。
夫には私は「南方熊楠(みなかたくますぐ)」と呼ばれている。細かくぎっしりと書いているから。
いまのところ、切り抜きのスクラップではなく、雑記帳に書きこむというアナログてきなことをやっています。
南方熊楠は、歩く百科事典と呼ばれていたとか・・・
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昨日は、すごく寒くて、心臓がへん?たぶん体中の血管がつらくてがんばっていたんだと思います。難病の人や、血管系統の病気の人にとってこの寒さは、きっとこたえただろうなー。
私の病気は、神経が切れたことが大きい。脳の神経って切れても枝分かれして生えてくるんだってー。
つづく ←片方だけのパンプスの「JUST THE RIGHT SHOE」 幸せになれるという思いのこもった手のひらにのるサイズのミニチュア こちらの靴。ミニチュアです。このブログ「片方だけのパンプス」と共通しているので、応援しています。 つづき 切れても、どんどん枝が増えていって伸びるんだってー!でもそれは、若い脳や、脳出血の場合で、脳梗塞だと神経が壊疽(えそ)しちゃうので、再生や、枝分かれも遅そう~。よく手がまがったまんまやドラえもんみたいに握ったまんまの人がいるけれども、それがそういうことらしい。でも子供やもろに若い人、脳梗塞の処置が早い場合は、けっこう手は固まってない人もいるみたい。
どっちにしても細胞やそういう様々な臓器やらなんかは日々変化していて、変化といっても昨日の情報も一昨日の情報も明日に、明後日にきちんと伝え続ける。その際、いい情報寄りに伝え続けてほしい・・・それが
回復 ですよね。
老化は? その情報の引き継ぎって、昨日のブログでの転写ってことになる。書いたものを複写機でコピーするじゃないの!そのとき、二枚目のコピーは原紙をコピーするのではなくて、コピーされたものを原紙としてコピーする。そうやってコピーのコピーをし続けると、だんだんコピーされたものの文字が薄くなったりしていきますよね。トナー不足とか、そういう意味じゃなくて・・・。これが、老化なんですって・・・。これだけを老化ということじゃないらしいんですが、そういう側面からの老化のおはなしですよ。
で、病気を回復するためには、このあせたコピーの繰り返しのような細胞の生え換わり状態じゃ、回復までの道のり遠そうじゃないですかねぇ?
ずいぶん長くなりましたが、私の母が、この複写のコピーで例えた、細胞の生え換わりのときの情報伝達がうまくいくようなものがサプリ化されたものを世界中から(オーバーな、うそうそ)探し集めてくれたんです。
そのひとつが、以前のブログで書きました。こちら→
http://yaveo.exblog.jp/13650017/ なんかね、そういう秘薬とか幻のなんとかってそのものよりもそのものを手に入れまでのエピソードがすごくて場合によっちゃー映画になっちゃう。もうそのものよりも得る道中に価値が発生。
例えば、インディー・ジョーンズとか。あの映画のなかで手に入れたい目的のものに対するこだわりや必要性ってあんまり伝わってこないんだよね。伝わってくるのは、襲われそうになってつねに死と隣り合わせということばかり・・・。
その以前のブログの幻のなんとかも、父が手に入れるためにいかに苦労したかというそのものにまつわるエピソードばかり聞かされていた。
まあ、インディー・ジョーンズほどじゃないけれども。 さらば、また会おう!
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昨日と今日とかなり寒いです。ま、冬だからね。しゃない、しゃない。
去年までの冬と別段と違うのは、マヒ手の感覚です。ちょっと前にも書きましたが、(ちょっと前のブログ
http://yaveo.exblog.jp/17068905 まるで、古新聞をひっぱりだしてくるように)
それは、なんか暖かいというか、暖かくは、ないか。そうね、質量感が違う感じなんです。これってマヒした手の方ならお分かりだと思うのだけれども、マヒの手ってただ腕にぶら下がってるマネキン人形の手のような感じなんですよ。皺がなくてつるんとして。たまに女性でそういうきれいな手の方っているでしょ。まあ、そうともいえる。
まず、マヒで動かないときの手って皺がなくて冷たいのです。動かすから皺ってできるんですよね。顔も笑い皺ができるように。私の場合、手に表情がなかったというかんじでした。
でも、少しずつ意識的に使うように(動かすように)してるんでけれども、でも、動くようになっても使えるというようにはなってきていないのですが・・・。でも進歩は申し訳程度にはあるわけですよ。
ま、おんなじところを堂々巡りになってしまうので、この部分からワープします。
私たちって28日周期で自分の殻を破って、新しい自分になるのだそうです。この殻を破っては、新しい自分になっていってるーはずなんですが、実際には、28日周期で古い感じの自分になっているような気がしませんか?ようするに老けてくるということです。本来、古くなった細胞が垢になって身体から抜け落ちていくという
ブログ内CM *****************************
★片方だけのパンプスの「JUST THE RIGHT SHOE」 幸せになれるという思いのこもった手のひらにのるサイズのミニチュア 我が、ブログでは、片方だけのパンプスというたまたまブログタイトルと同じ名前ということやコンセプトが同じということでこの右足だけのミニチュアパンプスを応援しています。 ←画像をクリックしてただければ、楽天サイト内のこちらの販売店に飛ぶ仕組みになっています。 お気にとまった方、どうぞご覧ください。 デザイナーのコンセプトや様々なデザインの靴がありますよ。★
***************************
ブログ内CM終了 ことなのですが、新しい自分に生まれ変わるというよりもさらに古い自分になっていくために何度も細胞の生え変わりを繰り返していってるのです。
アンチエイジングっていってもやっぱり細胞の生え替わりということでいくと、殻を打ち破るごとに古さに近づいているわけです。あれ、何書いてるかわかんなくなっちゃったー。
その繰り返しのなかで病気が治ったりするのですが、そこが
みそ なんですよ。
なんか目にみえてわかる治りとか、細胞の28周期で生え換わる・・・殻を破って新しい私になるということは、
それは、「転写」だということなんです。
だってさ、殻を脱ぎ続けてしまったら場合によったら、あるときは、鼻脱いじゃったり、目がとれちゃったり・・・そういうことも起こりかねない・・・起こらないけど・・・。
でもちゃんと今月も先月と同じ顔じゃないですかー。それが、「転写」だということらしいんです。
次回はその転写されちゃう私・・・をお届け・・・(べつに届けるナッ!)
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(上のイラストと以下の内容に関連はございません)
私は、5年前に脳卒中になりました。脳内の血管が切れるということです。
そのときに血管だけではなくて、周辺の神経も
ブチッ 切れた疑いです。そのことによって、私は、左手足の自由を美貌も失ったのです。(え、それってまるで美貌があったみいな:うるせ―、病気以前のことは、読んでる皆さんには、わかりっこないっ!)
↓こちら宣伝です。TVでいえば番組中間に割り込むコマーシャルのような設定です。
片方だけのパンプスの「JUST THE RIGHT SHOE」です。 ↓幸せになれるという思いのこもった手のひらにのるサイズのミニチュアです。 ********************************
あ、コマーシャル終わりました。再開します。
片方のパンプスは、私の場合は実際はこれ↓です(注*現在は装着せずに歩行できています:いつまでもガンダムやってられない)
実際、切れたのは、脳の血管ですが、おかしくなったのは頭のほうではなく、左手足が動かなくなったということです。次いで美貌~も(?)
脳の病気ということだけども、今の医学では、脳に膏薬を塗布するだとか、頭を外側から包帯を巻くとか・・・きやすめにすぎない!それじゃあまるでフランケンシュタインみたいだ。ということで治すのではなく、脳の中に洪水のごとく充満した血をかき出すことで脳内の空間を一定にする。脳内に血が溢れると脳が破裂?するみたいにキャパ越えしちまうそうです。それを避けるために血を頭から出す。現在はそういうことを手術でやってるそうです。
本来、血ってほっとくとゼリー状になっていくんだってー。高齢者の場合は、私のような頭開手術などせずに血ゼリーになるまでほおっとくんだってー。でもまだ若いと見受けられる場合は、脳の容積だとか回復とかで脳内の血を出しちゃうほうがいいということなんだそうです。
で、まず歩くことのリハビリからはじまり。それであのへんな足の型を足に装着してやりはじめたのです。
この装具って、オーダーメイドなんです。足を石膏みたいなもので型をとるんです。私の場合、もともと足が太いので太った足の装具が出来上がった。足のきれいな人は、
きれいな足型の装具が出来上がるのですよ。
まあ、今日はここまで。
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昨日の午前中まで寒くて、自宅のなかで凍えるようでした。が、午後から日差しを裏切らないような暖かさになり、ひさしぶりに掃除を。寒いと、動く気力がうせてしまうのです。でも、日光は、けっこう~だね。活力がでてきて掃除をやる気にさせた!
あ、このたび私、片方だけのパンプスを販売することにしました。
というのは、海外で片方だけのパンプス屋があるのです。実は、ちょっと前にこのことを知ったのですが、このブログサイトでは、物販系の情報の転記が規制されていたのでした。(昨年、12月にブログ有料使用より解禁)
これって、私のこのブログにぴったりじゃないですかー。それで私は、片方だけのパンプスを売ることにしたのです。
といってもミニチュアサイズの飾りものなのです。しかも右片方のみのパンプスです。
それは、右側の足から靴を履くと幸せになれる?という迷信があってそのコンセプトとデザイナーの美的感がぴったりあった!ということで右足だけのパンプスを作って売ることにしたのだそうです。
このブログのタイトルの「片方だけのパンプス」の意味は、片方の足がマヒしたので片足だけが正常。シンデレラが片方の靴が急いでいて脱げてしまったということとかけて健康にもう一方の足が歩行できるようにということ、探すということ、パンプスがおしゃれという意味やなんやかんやの意味を込めたのです。
で、イラスト描きたい!障害者にまでなるような大病だったけれども幸せの青い鳥を探すように幸せのパンプスを探し求めるのであーる。
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毎年、言っていることなのですが、今年こそはやるぞ!
えっ?何?また言ってるぞよ~。
私の場合、脳卒中がひどかったので、回復まで時間がかかり、完全に元に戻ることがないということで障害者というお墨付きまでいただいたわけです。
だから発症してからの5年間は何もしていなくてもそれは、それで必要な時間だったわけです。そう思えばいいのだ。
今年の冬は、今までのと去年の冬とちがいます。
寒さの感じが今年の方が寒いんだと思うのですが、体感というか、なんとか身体が苦痛ではないのです。
けっして快適ではないですが、辛さが軽いんです。
辛さが軽いなんて辛いんじゃないの?どういう辛さ?
以前は、寝ている時に左手の感覚がなくて、右手で左手を探していました。
でも、今年の手の感覚は鈍いという感じだけです。
以前は、存在が感じられなかったり、しびれた感じだったり、冷たすぎて(氷の水の中に手を入れているような)感覚がなかったりだった。けど、今年は、手の感覚はあるんですよ。ただし鈍い。
だんだん、感覚が少しずつではありますが蘇ってきちゃってるんですよ。
ありがたき、しあわせ~。
特別なリハビリはしていません。使える程度に動かしているだけです。ぱきぱき動きはしません。
でも少しずつだけれども、まるで古い写真のセピアが少しづつカラーに変わっていくように神経は少しずつだけれども鮮やかな感覚を取り戻しているような。モヤがわずかに晴れていくような~。
それが日々進んでいるのです。
あら、やだわ~、私ったら、回復の自慢をしてるのね。おほほほ・・・ほ。
なんでそんなによくなっていくのでしょうか?
ねぇ、なんでかなー?
明日、トピックスがなければ、少しずつ、回復の解明を書いていきます。
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昨日、今朝とごっつ寒くないでしょうか~。昨日お外へちょっと出たら、左足がそっくりかえりそうでした。
マヒ側の足は、寒さや暑さ急な天候・気圧に反応するのです。
昨日、昔の友達にばったり会いました。
彼女は、私より5~6歳年上で以前パートで一緒に仕事していたのです。
以前から介護の勉強をしていて少しずつ仕事をし始めていてついに介護の仕事専門でやっているとのこと。
目標を持ってそれを実現させたんですね。
彼女は、以前よりもかわいらしくて、小柄なのでプチというワードがお似合い。彼女がやるとプチ介護。プチドライブ。プチランチってかんじで何事もかわいい。
注*イラストと文は、まったくもっての無関係です。 いろいろなことが頭をかけめぐってもそのほんの少ししか反映がなされない。
思っていることをすべて吐き出してしまえば、角がたつわけです。
私は、そのあたりのことをわかっているちょっと大人。なのでそれで角をたてないで済んでいるのですが、そのかわり悶々としてしまうわけです。
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私が体験したThe脳卒中を自身の記録として、突然になってしまった人の指南書(?)になるようにとういことでイラストで描きはじめている。なんでも私自身が主役なので、私を描くことに。
こっちを描くと、夫が「詐欺だ!」ということで却下。
そんでもってこういうふうに描いた。
大笑いされた。それは、唇か?はじめに描いたものと比較すると二ヤケているからなのか?どちらでもなく、やっぱ現実の私と大幅に違っているそのこと!にだそうです。
「こと」とは・・・若すぎる~だろっ!だそうです。
こちらも却下でした。で、私はどう描かれているかって?乞うご期待!
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去年は、世の中はいろいろあって、我が家も夫の母が亡くなるということがあり、なんか全体的に灰色な空気だったような気がした。なんだか落ち着かず、やりはじめたことが安定せず、進歩にみえたことが、実はぐっと後戻りしてしまい、あの一年は、何だったのか。
昨日は、夫が地域の新年会で昼から酒をかっくらい、中途半端に酔っぱらっていて、こちとらメイワク!
弟から旅行で撮った写真を画像ファイルでオンラインで送ってくれたが、こちらのパソコンで受け取れないほどの膨大なデータ―量。べつにプロキャメラマンでもないのに一泊二日の旅にそぐわない量の画像を貯めたらしい。
データーを送ってもこちらが受け取れない!というのは、例えると犬小屋にグランドピアノを入れようとするようなことなのだ!む、無理だっ!
針の穴にロープを押し込むとか、マグカップに風呂としては入れないだろっ(ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじじゃあるまいし:目玉おやじはおわんの風呂に入ってる)
そんなことは、どうでもいいこと。
問題は、このイラストと文章の関係性になんの脈絡もないってこと。
今年から、このブログもパワーアップすることになった!(どこがー?)
いっつもブログのスキンデザインを変えまくっていた。
ま、女性はお洋服をとっかえひっかえ着たり、部屋の模様替えをよくするのでそういうノリなのですよ。
うんとね、思い切ってブログの有料コースにしたのだ。
とか、ネット登録のユーザーニックネームを「Aうえすと」にとりあえず変えました。
べつにいままでとうり、cotidianoでもアコでも、アコエストでもかまいません。
ただ、アコエストは、ほんとうは、アコウエストだとあんばい悪いということで仕方なく名乗ったといういきさつでした。
Aうえすとは、あこうえすとのあこ部分をAとしただけです。もう名前なんて記号なんだ!所詮、記号なのだ。
去年後半、さらに末にいろいろとお利口になるような「こと」に出会い、なんか達観?したというか、(達観なんて、してねーだろう!!)考え方が固くならなくなった!なんか狭く狭く考えていたこと、そういう自分を縛っていたものがゆるまったというような感じなのです。
で、今日を迎えたのだよ!
2012年のお正月は、実は、昨年夫の母が亡くなったのでうちは喪中なので、夫の方は、正月を祝うことがなくなった。健在な私の実家の家族と一緒に旅行に。
行き先は、去年行った群馬県内のえー、またもや「妙義山」。
食事は、バイキングでした。みんな、それぞれ食べたい好きなものを食べる~!
父は、はやくも満腹。
どさくさのなか私は、自撮り!
こちらは、宿泊したホテルの部屋。
朝は、最上階の展望できるレストランが朝食バイキングの会場。私は、席で待っている。
ね、窓の向こうに広がる妙義山をながめながらのお食事よ!
こちら、中之嶽神社の広い駐車場にて夫・私の両親・弟。
選手交代して今度は私が被写体側に。もう、眩しいのよ~。私、ご機嫌ナナメに映ってしまったー!
こちらは、中之嶽神社の下にある大国神社。この日、前橋育英高校の野球部が祈願に来ていた。境内に上が紺色で下は白色のウエアー姿。
弟と夫はトライ。百数段の階段の上にある中之嶽神社へ登る。
この神社は、二重構造になってるみたい。駐車場、車降りて最初の鳥居は、大国神社。ここには、金色の大国様。そして、頭上に広がる大階段を駆け上ったところに中之嶽神社。階段登れない杖付きの障害者の私や、老人の両親は、大国神社のところで足踏み状態なのでこの神社の全体像がまったくわからない?
妙義山は、実に妙で、いつ来ても不気味で、いいなー。えー、不気味がいいのー?うん、普通の山じゃ得られない。
こちらは、様々な山が眺望できる富岡市立「妙義ふるさと美術館」妙義山ばかり描かれている絵が迎えてくれる。ほとんど客はいなくて、眺望を独り占め的な気分。
そろそろ夕方四時、伊勢崎発の新宿東口行きのバスに父たちが乗るのを見送る。
両親との旅行は、十年ぶり。
父は、すっかり年をとってしまいました。母は、70歳を超えているのにもかかわらず、旅行中もお友達から誘いのメールがばんばん入り、AKB48の歌のサビ部分を音程を狂わさずに歌えたり、ルンルンしていた。
今回の旅行を夫が希望していた。
画像はありませんが、途中食事でうどん屋さんに入る。前橋にある大型ショッピングモール内にあるコストコへ。歩行がゆっくりで目を離すとどっかへ行ってしまう父と杖付き歩行の私。父と腕を組んで広いコストコのホール内を歩く。父はゆるく認知症がはじまってるよう。でも母は、こだわることなく明るく対応。父が行きたがるところへは、戸惑うことなくどんどん送りだす。楽しめるときには、じゃんじゃん楽しもう~ということで負担ではなくちょっと角度をかえてつきあってる母はあっぱれ!だと思った。
あけましておめでとうございます。
年越しで娘が帰省しました。以前、私が描いたイラストをバッグにしてくれました。
去年は、震災があり、計画停電、その後は放射能。義母が亡くなったり、けっこう色々と続いた年でした。
今年は、私の年。辰年です。ぜひ、楽しんで悔いのない年にしたいです。
娘は、アイデアと行動力があるので、さっさと思いついたアイデアをかたちにしてしまう。
そういう行動の早さなど見習いたいです。
今年は色々なことにまたまた発展させていきたいと思っています。
今年もよろしくお願いいたします。
一昨年から足掛け二年にわたって取り組んできた脳卒中サークル「いきいきフレッシュ」
今後について市議会議員のまにわ氏に相談。
私の今後のことと、私がサークルとのかかわり方を相談。
私は、会の運営から遠ざかりたい。でも会は継続していってほしい!という身勝手な気持ちを正直に話す。
私が離れたいのならあとのことはそのままにして去って行ってもそれは、それだ!とまにわ氏は一度は言った。
それもそうかもしれない。
でも、このブログの前の方から順に読んでいただければわかると思いますが、会を作るために私は奔走した。
それは、何のために・・・どうして・・・?
で、なんで辞めたいの?
自問自答。
ポイントは、仲間の世代間の差。
話の焦点がずれる。
私は、社会復帰が目ひょう。
でも、私以外の人達は、老齢年金受給者になっている。リハビリ、生活、着地点が違う。
だから相容れない。
で、一緒に動いてくれている元保母のK山さんが、午前中なら少しだけ動けると言ってくれたので、じゃ、午前中に、時間をずらしてやっていこうか!ということに。
とにかくK山さんが参加しつづけてくれるのならば、やっていけるかも。
だっていつも私ひとりが背負った気分でひとり話題についていけない感じになっていたから。
現在、クラウド化目指して奮闘中です。
最近は、置き型のパソコンだけではなく、持ち歩きできるパソコンや
パソコンに近い機能も持ち合わせているスマートフォンやiPone(アイフォン)と呼ばれる携帯電話が普及。
それまでパソコン操作は、デスクと決まっていたが、今は、パソコンは電池内蔵型で電話線につなげていなくても
電波受信で操作できるというモバイル型になってきた。
私も4月にスマートフォンを購入した。現在使っているパソコンをそろそろバージョンアップした機能のパソコンに買い替えも視野に入れ始めている。
だから、今現在のパソコン&ネットとのつきあい方をどうしようか?とおもいはじめ、ネットをぐるぐる。
まず、パソコン内のデーターをパソコン内に保管するということや、外つけにサーバーを用意するなどせずに、もっと簡単でスマートな方法をぐるぐる(模索中)。
クラウドとは、雲という天候状態のことではなく、雲のように情報をもわもわ浮かせて保管する。情報(保管したいデーター)を決まった場所にしまい込むのではなく、宙に浮いているような状態にしておくことをクラウドというらしい。
宙に浮かせる?とは?
インターネットに繋がってるパソコンやスマートフォン等であればどれからでも、どこからでも保管データーを取り出せ、さらに保管することができる。
なんかドラえもんの四次元ポケットみたいだなー。
それがね、無料で利用できるサービスがけっこうでているので探った。
参考にしたサイト
http://www.maciseurope.org/ 実は、いくつかダウンロードして試してみた。
で、いくつかうまくいかなかったものがあった。
なぜ、どこが、うまくいかなかったのか?
それは、パソコン自体を登録するのか?ダウンロードがうまくいってもメールアドレス登録でうまくいかず、いざ動かそうとするとダメだった。
私の今よく使っているメールアドレスが、電話番号のように今使っているパソコンと電話からの線のアドレスではなく、インターネット上のサイト(ヤフーやグーグルなどの)のメール。そういうメールのことは、WEBメール(ウェブメール)というのだそうですが、そのWEBメール登録が、ダメみたいなのです。(確認したわけでもないけど)
私は、比較的簡単でスムースに登録できるもので使いやすいものにしたいの。
今取り組んでいるので、今後利用状況等を書いていきたいです。
こいうことをクラウド(雲)というそうです。
クラウド化にするためのネット状での保管を
オンラインストレージという。
オンライン=ネットに繋げている状態
ストレージ=保管
ということらしいです!
映画「天井桟敷の人々」
http://youtu.be/kLVDXdBo9ys 2011.12月18日 伊勢崎ムービックスにて
以前、二度テレビBS放送でちょっと見たが、夜おそい放映だったこともあって途中
眠気に勝てず、全部を見ることはできなかった。
それで三度目の正直、リベンジということで鑑賞。
タイトルだけきくと天井の桟敷席の席取り合戦(?)なのかと
思ってしまう。
内容はそういうこととはまったく違っていた。
恋愛の大三角関係、もしくは四角関係あるいは五角関係で
全編通してようく見ないとわけがわからなくなる。
ひとりの美女をめぐってみな心乱されるのだが、
この美女は、けっこうつれない女なのだ。
女がわるいのではない。その女の美しさが罪なのだ~。
何度も出てくるのは、
「私は、あなたを愛している。だから私があなたを愛しているように
あなたも私を愛してほしい」
ということ。
愛の押しつけ合戦なのだ。
私の心は私のもの。私は、いつも同じよ!
会ったときから変わっていない。
パリは、広いわ。
この広いパリであなたを探すなんてー。
いや、恋する者にとっては、パリは狭いさ~。
満月の日に、月の光に照らされて私は月に産み落とされた(?)
とか、歯の浮くような、素敵なセリフの連続の映画です。
今から70年以上前の映画ー?
カメラワークがすばらしく
あらゆるショウを取りまくっていたのがわかります。
今日、髪の毛を切りに美容院へ!
こちらが↓こちらへ(昨日→今日)
気のせいか、髪の毛切るとちょっと若返った気分♪
最近、フェイスブックばかりでブログから遠のいていました。
今年の冬は寒くなるのが早いような気がします。気のせいかな―?
このところ毎日、毎日、サトイモ食っています。
夫のお友達がたんまりとくれたので。
今年中にどうしても方向付けをしておきたいことがあるので、メールでお呼びたてしている人がいます。
今後の脳卒中に集まりについてです。
健常者の方には理解できない部分ですよ。
中途障害者は、先天性の障害の重い方とちがってちゅうぶらりん。手足の機能に問題はなくても、感覚がにぶくなったり、記憶力が低下したり、視界がおかしくなったり、しゃべれなくなったりする人もいます。そういう障害者と健常者のあいだに生きる人の生活圏を拡大したいのです。併せて、先天障害者だけど限りなく健常者に近い人の社会参加しにくい人の生活圏広げたり、健常者のみの社会への参加、もしくはそういう隔たりをなくしたいのです。
それは、もう十数年前に、色々な障害者施設や、ボランティア団体や活動者のところへ話を聞きにいっていたことを思い出したのです。
以前やっていたことが、どんどん繋がってきているのです。
自分だけが元に戻っても、障害者時代に得た友達とつきあっていく。
自分だけが健常者になったとしても、身体の動きどうのうって関係ないじゃない。
今まで、色々な方と知り合ったときにみんなとお腹を抱えて笑い合ったときに身体の不具合なんて気にしたことなかったし。そんなことよりも楽しかった!
でも、いくら身体の障害がどうのこうのいっても根性が曲がってる人は付き合えない。
それは誰でも同じですよ。
障害が重いからってつけあがってる人は私の視界には入らないみたいです。
それはみんな同じですよ。ね、〇太さん。
私は、今から5年ほど前に脳卒中になり左半身にマヒがでたことによって身体障害者となりました。
歩行の際、杖を使用しています。靴を脱いで入れる部屋では杖なしでも歩行できます。大型ショッピングモール等の買い物のときなど、たまに車椅子を利用しています。
以前から思っていたのですが、障害者というと、服装は、介護服・ユニバーサルデザインとなってしまうのでしょうか?障害者は高齢者とおなじなのでしょうか?なぜ、ユニバーサルデザインでなければいけないのでしょうか?
私は、中途障害者なのでいくら障害者になったといってもいきなり介護服やユニバーサルデザインの服を着ること、デザイン的なことや自分のライフスタイルを曲げることに関して抵抗があります。
障害者は、普通です。ちょっと身体の機能に難があるだけです。自分なりのファッションスタイル・ライフスタイルを普通にやっていきたいのです。
それで障害者を障害者としての置き去りにするのではなく、障害者としてのハイセンスを引き出したい、障害者はノーマル。そういうことで障害者に対してファションを提案している話題を集めてみました。
*
ロンドンの秋のファッションを彩る車イス *
車椅子モデル起用英国デパート *
デベンハムズモデル *
視覚障害者モデルによるファッションショー *障害者の服の注文服
Bulan Plan
だいぶ寒くなったなー。最近、ブログを書いてませんでした。元気でしたが、なんか自分と向き合うのを拒んで(?)いたのか?いや、レンズをズームアップしすぎて超拡大な位置でしか自分を書くことができなくなって重すぎて書けないと思ったから。
このところ普通に時間は流れていて、特別忙しいとか、体調が悪いとはありません。
私は、今、イラストを毎日描いていて、私の作ったキャラクターなんですが、(ここにアップしているイラストではありません)娘がグッズを作ると言ってはりきっているんです。
イラストを描き始めたのは、去年のはじめなのでそろそろ二年です。なのにイラストの仕事したいとは、ずいぶんずうすうしいのですが、今現在暇ですから。でも気持ちの上では暇はなくて、いつもいつもあせっています。
早く自立したい気持ちは止まらないのです。
私が病院から退院してこれからどういうふうに人生を歩んでいったらいいのか?途方にくれていた頃、ドクターは高齢者が通う「ディサービス」へ通えと言ったのです。私は「えー!」と言ったらドクターは涼しい顔して「どうしたのですか?」
私は、病気で障害者になってしまったけれども急に高齢者になったわけではないと思っていました。でも、日本では、社会で働けない「使いモノにならな」くなった人は、高齢者の扱いなんですね。年齢が高齢者に達してなくても使えないので高齢者としての分類にしてしまうのですね。(クソー)
でも私は、当時42歳だったので高齢者としての自覚がなく、抵抗しようと。だいたい障害者の自覚もないのに高齢者として生きる自覚ないですよ。でも社会は、行政は、高齢者として生きる生活圏しか提案がないのですよ。(クソー)
このことは、同世代で脳卒中になって障害者になった人の共通した悩みなのです。
そりゃ、高齢者レベルの運動能力しかありませんよ。最近ホンダのアシモ(野郎)の開発発展がさらにすすみなんと歩行に加えあの野郎(私は、アシモが嫌い)生意気にも走れるようになったそうだー!ヒト型ロボットに運動能力を追い抜かれ悔しいです。でも、私はあいつに比べて人間だし。しかも高齢者でもないのです。でも私は、高齢者とみなされ(みなし高齢者)運動能力は機械ごときに追い抜かれ・・・
とにかくみるものきくもの向かうところどこでも抵抗してまわっているわけです。
以前、市の機能回復の会に参加して参加期間終了後に「いきいきセミナー」へのご案内があったのですが、それはちょっと・・・。と抵抗して自分で会を作ったのです。でもその会も最近はうまくいっていません。
その問題点は、あまりにも年齢の幅があるからです。趣味が会えば年齢も何も超えてしまうかもしれませんが、私の行くところ、行くところ共通点は「脳卒中」だけです。いくら同じ病気でも人も人生それぞれでみな何も一緒で同じというわけではありません。
自分が思ったことを押し殺し、まわりの人の顔色をうかがいうすら笑みを浮かべてそのとき、そのときをやり過ごせるほどの余裕は病気で障害者になってしまった私には持ち合わせていません。
久しぶりに夫の親友から電話があった。長々と話していて夫の足は浮足立っていた。でもそのあと夫は深夜遅くまで勉強していた。何時に寝たのかは知らない。
ここ二、三日は外へ出ていない。今日は雨で、昨日はちょっと暖かかった。ついこの前まで暑いと言っていたのに今では暖かいということで気温の上昇をありがたがるようになってきていた。季節の移り変わりてなかなか変わらないようであっという間に過ぎていくものなんだね。
障害者関係のことでいろいろ気になってあちらこちらへメール送ってもなしのつぶてだ。
私の場合、健常者からすれば「所詮、障害者」先天性で重度の障害者からすれば「へん、中途障害者でしょ、もともと健常者じゃん」てな具合でどっちにしてもとりつく島なしのちゅぶらりんなのかもしれない。
だから脳卒中障害者連中は生き場を失う。身体の障害がいやなので耐えられないのではなくて、自分たちの行き場がないということが困るのだ。
だいたい脳卒中は、おじいちゃん、おばあちゃんのなるもんで病院では高齢者向けの対応しか準備していない。うちら40代はイレギュラーなのだ。
私は、42歳の誕生日前の41歳のときに倒れる。右脳の手術が施されてしばらくICUにいて一般病棟に移動。ちょうど、グローブのKEIKOとおなじような感じ。そのときは、食事もできないのでずっと点滴だった。
オムツをあてがわれ、担当のナースは、私に排便があるないを注意し浣腸すると言いだす。「えー」と思ったけれども立ちあがってトイレにも行けないのでしぶしぶナースに従う。
それからオムツに「あっ」ナースが一瞬びびったことがあった。そのときは私は生理がはじまっていたのであった。脳卒中患者で満杯の脳神経外科病棟内の患者で生理があるなんて・・・というくらいチョウーめずらしいことみたいです。
脳卒中は高齢者の世界みたいなのでまだ閉経前の女性は登場していなかったみたいなので、このナースの焦り方をみて私は、ちょっとあることを思った。
あること・・・それからこのあることがことあるごとにこのあることに気づく。このあることに取りつかれる、じゃなかったとり憑くかなぁ~。べつに早口ことばじゃございません。
あることの
ある とは、若い人の脳卒中、中途障害者のこと。脳卒中になる人は多いけれども30~50代でなる人は少ないらしく、障害者はたくさんいるけれども中途障害者は少ない。
私はこの
ある なのだ。
この立場の弱い声の小さき人々の声を伝えていこう~と思うのだ。
今までは、障害者ということで調べたりしていたけれども、今では、中途障害ということで調べていると・・・。
昨日、ダメだったことは今日はできました。よかった。まだ寒いというほどではないのですが、微風というのではなくやさしくない風になってきました。落ち葉は、落ちバになってきました。そう真っ赤な葉が量が多くなってきて公園の地面を埋め尽くしだして、葉をよけながら歩くほどです。(公園のなか歩いてないけど、あくまでもイメージです)
脳卒中で中途障害者になった人の社会復帰を考えたくて情報集めていますが・・・。実際けっこうあるのですよ、あっちこっちの地域やNPO法人立ちあげているところもありますが、私が言ってるのはちょっと違うのよ。
たいてい障害者の仕事ってクッキーつくりだったり絵手紙の絵ハガキ販売とか高齢者たちがやっているような和紙で作った小物販売とかって多くないですか~。ちょっとお遊び的で申し訳程度に仕事としてつくったってかんじのことにしちゃってませんかー?
あとね、企業化してバリアフリー化の企業へのご提案・コンサルタント等や自分の障害者生活話しをする講演家に転じている人もいますよね。
そういう特別なこと、障害者ということを特別視するのではなく生活に根付いたことを障害者にやらせようではないでしょうかー!
障害者は普通の人、ただちょっと身体が「ヘン」なだけ。普通ですからー。恋愛もしたいし、不倫もする(えっ?)←例えばのはなしですよ。
だから普通のお仕事くださいよ。させましょうよ!
障害者というと頭がおかしい人だと思ってるみたいですが、それは一部の知的障害の人ですよ。それにおかしくはないですよ。そういう程度の人なのですよ。そういう人にも大なり小なりのプライドも性欲も強欲も教養もあるんですよ。それを資質と捉えませんか。
私は中途障害者だから、それも比較的軽い方の。だって歩けるので。手も片手ですがこうしてパソコンのキー打てますし、このとおり絵も描けます。
けっこう力あまってるわけですよ。
私は絵ハガキ売りとか和装小物つくりとかではなくて障害者による障害者向けの
アプリ なんかつくってみてはーと思っているんですよ。
私のまわりの人でけっこう多方面に知識や技術持ってる人もいるんですよ。
あと知的障害者でもうまくなくても絵描くとか参加とかしてわずかでも社会参加仕事としての手ごたえ感じたらよくないですかー?!
あとね、昭和チックなことじゃなくて・・・絵はがきとか和装小物とかじゃなくてステッカーのデザインとか、絵手紙の絵もステッカー化するとか絵をデスクトップにとか・・・。
もうね障害者にやらせることっておばあちゃんぽいことが多くないですか?
せっけんつくりだとか。
服もさー、脱ぎ着させることのみに焦点が絞られていて色とかデザインとか無視してないでしょうか?
いくら寝たきりでも女の子にはピンク色着せろよー!チャ色とかおうど色とかやめろよー!って思うのですよ。
前からなんかないかなー、といつも思っていて今度こそはカタチにしてみんなで納税者になりませんかー。
ナミネねーという人がそういうことで活動してるんですよ。
そのことについて書いた記事→http://yaveo.exblog.jp/12556249/
社会では、やっぱ障害者を馬鹿にしてますよ。障害者になれば誰でも感じてるけどあんまり言わないだけですよ。人間として落ちてますよね。高齢者は旧ってかんじだし、障害者は不良品みたいな枠ですよね。まあ反論できないけど、もしあなたが障害者になったらどう思いますか?
私も人ごとだと思ってました。まさか自分がこうなるなんて思ってもみませんでした。
明日は我が身ですよ!
信じてもらえないかもしれないけれども今のところ夫は、毎日勉強しています。しかも昨日も今日も酒を飲んでいない!!だからきっと今年の冬は雪が多いか真冬に夏日になるか?どっちにしても普通ないことが起こる前触れです。(もう大地震は勘弁してほしい)とにかく試験まで日がないので。
先週、友達が連れて来てくれたスピリチュアル系の研究者が私を通し。じゃなかった透視してくれたんです。それで私の過去の出来事のしこりとなっている部分を読み取りそれが溶解していけばいいというようなことでアドバイスくれました。それに基づき、私は、彼女が感じた私の大きさ(ガタイとか、肥満度とかじゃなくて、人行動とかパワーとかさ、別名器《うつわ》ともいう)に大胆に行動しようかと思うようになりました。自信をもつというか、正直に行動しようかというか。
夫なんてもっとすごいこと言われたんだからー。ズに乗るので言わない。
私のまわりでうごめく(??)明けない夜の住人たち。そう行き場のない障害者たち・・・と書くとなんかマイケル・ジャクソンのスリラーのおばけバックダンサーのようにおどろおどろしいイメージ(イメ―ジダウンさせんなよ)ですが、まあ満足とはいえない生活圏のなかで暮らす障害者の問題を考えようとか、民族問題とか、セクシャルマイノリティーについて勉強しようと思っていたわけです。去年はたしか美術検定受けるとか言ってなかったっけ?ヤメタんです。今はそれどころじゃないのです。以前はそういう教養を高めよう的なことに酔っていたんです。もちろん絵は好きです。本来の趣味は絵画鑑賞くらいしかなかった。
でも、生きやすい社会。不満社会。日の当らない人の生きる生活圏ってどうよ?ということにムクムク思いが湧いてきていてワ―。そういうことを調べて不自由を自由に!フリーじゃなくてりバティーをつかみどりしたい(?)と思ったのですよ。
もともと女性問題に興味があったのですが、身体がこんなんで(脳卒中にて左半身マヒの障害者認定2級)女性問題でもないだろーという部分もあるんですよ。難しいですよ。
私が子供の頃、全国子供電話相談室で
こどもの質問者「中ピ連って何ですか?」
回答者「・・・」
この中ピ連というのがなんか騒いでいたんですよ。でも意味わかんなかった。
そしたら中ピ連の中は、中絶反対の中であり、中ピ連のピはピル解禁のピという意味だそうで、そういう女性解放連合という会だということを最近ようやくわかったわけです。
確かにこの問題に向き合ってきていましたね。でも今はこの逆で中絶は不妊に変わり、ピルは解禁になっていて女性は婚活にはげんでいます。世も変わりましたねぇ~。
だから旧態以前の社会学者、女性学者らの訴えていることと今現在は、ズレていてもう古いのです。もうバージョンアップ、もしくはアップデイトしないと。つねに進化し変化し続ける生き物のような社会学。とくに女性は早いですからね~。つかみどころないです。
だから私は、何を見つめていて、何をプレゼンしたいのかさっぱりわからなくなってきてしまったのですよ。
ミソジニ―(女性嫌悪)にむきあっていこうとしたけれども・・・なんか私女性同士で浮くんだーとしょぼくれていた。でもよおく考えてみるといつも自分と絶対に相容れないタイプの人のなかにいたわけで、すべての人がこうというわけではないので、そういうふうに決めつけることはないと考えをアップデイトさせてみることにしました。
昨日11月4日は、いつもの場所(ショッピングモール内の和食屋)でいきいきフレッシュという私が市内の機能回復の会の参加者のOBをはじめとした人に呼びかけてつくった自主サークルの食事会でした。
以前は、いろいろ軽作業を行なっていましたが、主に軽作業の指導・準備をしてくれていた方の都合がつきにくく、会をもっても結局なにもせずにおしゃべりで終わってしまうことがつづくのでお食事会にしてしまったのです。
それは・・・脳卒中になって身体に障害がでてしまった人の交流会が必要と思って立ちあがったのですが、私自身も障害者なので思うように動けないのです。日によって(この病気は天候・気圧に左右されます)身体の動きがわるくなったり、うまく言葉がでないこともあるのです。会の参加者は私よりもひとまわり以上うえの、しかも男性ばかりです。それでまとめるにおいて私は限界を感じました。
年齢的な壁ですが、昔の65歳に比べて今の65歳は、確かに若いかもしれません。けれども私が42歳で倒れるまでに見てきた社会と彼らの見てきた、心地よく思ってきたことにズレが見えてそのズレを埋められないと思ったのでした。
(例えば、みなカラオケ好きの演歌好き。私は演歌が嫌いだからカラオケ苦手・・・声がでないし、音程が狂うということも理由のひとつだけれども・・・。みんな、朝から晩まで一日中テレビを見ている。テレビの話題が主流。水戸黄門と渡鬼の話題は必須。私以外はみな育った環境が同じ、世代が同じなため足並みそろっている)
そんなこともあって、いくら市内在住の同じ脳卒中になった仲間として集まってもひとり孤独感をたっぷり抱えて帰宅しだしたのでした。でも、彼らは同世代で同じ病気なので仲間意識が強く、今回の私の招集で結束が強くなったのです。彼らにとっては具合のいい場ができたのです。でも私には何か狭く、時間の歯車がずれていることを感じだしたのです。
思い切って以前の活動を一新しようということで月二回のふくしプラザでのフラワーアレンジメントや小物つくりや絵を描いたりの軽作業をやめて食事会へと活動を小さくしました。
でも、私はやっぱり社会復帰をするために今日も昨日もそれからきっと明日も模索しはたらきかけをしていく日々が続いていくんだと思うのです。
それで市内のいきいきフレッシュはこういうかたちで継続していってもらい、私は、住んでいる地域は様々ですが、私と同世代の中年層に焦点を合わせ社会参加・復帰・リハビリに情報収集とリアルな声を集めて脳卒中による中途障害者の生活の質的向上をこのブログに以前から書き留めているようなことをさらに深めていきたいと思っています。
ちょっと聞いてみるとみな、不満や悲鳴の嵐です。片マヒになったその日から、昨日までレディと接してもらったのに一夜にして高齢者(80~90代)の女性と同じよなゾンザイ(年寄りには性差はなく扱われていることが多いです)な扱いです。
現在の脳卒中事情は、大半が高齢者がかかる病気なのです。私のようにデビューが42歳なんてめずらしいのです。*この際、脳卒中発症において中途障害者になった時点をデビューと呼ぶことにします。巷で48歳のことをAKBと言うのと同じようなスラング的なことです。
でも世の中には40代デビューや30代デビューも少なくないのです。先週はグローブのKEIKOが39歳でデビューしました。でも中途障害者になったかどうかは今後の回復状況によってちがってくるので今のところはプレデビュー。
政府は、脳卒中予防に努めていますが、実際発症年齢の低年齢化と発症率が上昇。予防対策も必要ですが、機能回復を強化するとか、廃用性身体者㋷を拡大拡充すべきです。
このことをぜひ世の中に、政府に企業にそして世界に広げていくべきと私は考えます。
それはたとえ身体に障害をもっても幸せに人生をおくっていけるためにです。
身体はわるくもなればよくもなれます。心だって同じです。人生だって同じです。
でも、世の中は、悪くなってもよくはなってくれないのでしょうか?
世の中も悪くもよくもなっていくのです・・・というふうになっていくようにそのためにそういうことをかたちにしたいです。
だって脳卒中になった人同士が集まるとこの話題で始まりこの話題で続き、この話題で終わるのです。結局始終このことに縛れていて場面が変わっていかないのですよ。
なんと、オスカーを手にしました。なんて〜友達からお土産でオスカーもどきの飾りです。
台座には、BEST HUSBAND,BEST WIFE って書いてあるんです。ちょっと笑ちゃいました!アメリカならではですよね。
私と夫に友達が会いにゲストを連れて群馬まで来てくれた。形而上学やら量子物理学云々ということが米国では研究が盛んだと言って、彼女自身は、スピリチィャル的神経心理学という分野を専攻して勉強している人でした。
私と夫の前世が見え、私の心にひっかかってるあれこれを読みとおし、私たちに眠っている能力に気づき言い当てられてしまいました。
私が、デジャブを体験したことを伝えると、そのからくりを教えてくれましてそこから話は、宇宙に飛び、アインシュタインのことに触れ、だからこうだ!と教えてくれてなんか世界ががらっと変わって見えてきてしまいました。
そこでわかったことは、運命は変えられる。運命はガラッと変わる。でも絶対叶わないこともあるらしく、叶わないことに縛られずに生きて行った方がいいと伝えられた。
叶わないことって背が高いとか国籍だとか、独身で人生が終わることや、子供が持てないことなど。
その理由は、今現在を過去にさかのぼって変えることはできないことと同じことらしい。
病気が治るのも、治らないことも、守護霊がどう動いたりするのかということも。ちょっとした迷いも。
彼女だけが特別な力を持っているわけでも何でもなく、人はみなそういう能力がもともと備わっていることや、人に上も、下も何もないこと。子供は、親を選んで生まれてきていて、親は子供を選べないことなど。
それは宗教でも何でもなく、霊的なことでも何でもない普通のことということなど・・・
自分がいやだと思う方向は、行くべきではなく、行きたい方向が開かれる瞬間はささっと開かれていくということなど。
結婚して渡米した数十年来の友達のS子が日本に帰省している。彼女たちが主催している映画の会に参加するためになんと単独で群馬県から東京都新宿区へ行くことに!
うちから杖付きで徒歩15分くらいのところにある公園のバス乗り場で新宿行きバスに乗り込む。お客一番ノリでした。
障害者手帳持参したら運賃は半額でした。
バスに乗り込んでから新宿東口のバス降車場で待ち合わせの娘にメール打つ!
なんとそこから徒歩で歓楽街の歌舞伎町を抜けて韓国のお店が乱立する新大久保へおっちらへっちら杖ついて行動。(けっこう距離ある!でも、新宿でJRに乗って新大久保へ行くとすると切符買ったり、乗り場のホームまで階段を上ったり下りたりはきつい)
シネマDEりんりんの会場となることが多い
韓国料理オザッキョ に迷いながらもたどり着く!
昔ながらの韓国といった風情の建物・インテリアの店。近隣の韓国料理店とは一線を画している。
これは、なんとおトイレのドアです。トイレが個性的で施錠がゆるいドア。
東都よみうり新聞の記者さんから来週開催される
船堀映画祭 のチラシを配られる。
エイアイジー・スター生命 『スターシップキャンペーン』から東京北エージェンシーオフィスの竹村榮一さんご紹介のチラシを受け取る。
自己紹介とともにみな好きなアメリカ映画を一本挙げたのですが、竹村さんは、「E.T」が好きな一本とご披露。
シネマdeりんりんの会長りんりんこと林さんのご紹介の
伊参スタジオ映画祭 (いさまスタジオ)
人があまりにも多く映っていて林さんは、僕はこのへんに映っていますとまるでかつての「ウォリーを探せ」のように自分の姿を指で探しながら渡してくれた。結局探せず「どっかに映ってます」と。
こちらは、実は今日行われているのですが、過去情報になってしまいますが、チラシをいただいたので載せておきます。
歌手(元SKD)の
夏稀りさ さんの唄で朗読を女優・映画評論家の
水島裕子 さんでシネマ詩音間(しねま)というタイトルの名画のテーマ曲と名場面をイメージした詩の朗読のライブのご案内。何度かライブを開かれているようで、もしかしたらまたあるかもしれないので・・・。
こちらは、俳優として映画出演もして監督でもある
新井啓介『夕暮工房 小説と映画のあいだに』 という本を出版したというご紹介がありました。上映会と飲食を3500円で
韓国料理オザッキョ にて。
ざーといただいたチラシを載せさせていただきました。
このほかに様々な業界の方が参加していてお名刺もいただきました。
はじめてマッコリを飲みまして~ウメ~!韓国料理なので焼肉とポットキやチヂミで盛り上がる!
午後10時半をまわって娘と夜の歌舞伎町を抜けて帰路に。娘宅泊です。
なんと脳卒中に倒れ障害者になってはじめて電車に乗ったので記念に娘(22歳・大学生)に撮ってもらいました。まるで東京の電車にはじめて乗った修学旅行生のノリでした。
昨日、グローブのボーカルのKEIKOがくも膜下出血で倒れて手術した。
このニュースを聞いて脳内出血を二度経験している私はびっくりしました。
たぶん・・・私の憶測にすぎない・・・
KEIKOさんは、真面目な方で日頃からよくがんばっちゃう人なのではないでしょうか。
このところ疲れがたまっていたのかも・・・。
疲れ、ストレスをリフレッシュできる時間がとりづらかったのではないでしょうか。
倒れた日の前日と当日の寒暖の差が激しかったのではないでしょうか。
もともと脳のくも膜の下に出血破裂するようなものがあったのではないでしょうか。
私は、同じ脳卒中でも脳内で血管が破裂するタイプの「脳内出血」ですが、脳内においての出血ということと
手術をしたということにおいては共通しています。
私は、5年前に脳内出血。
私の場合は、右側の脳内で出血が起こったので左半身にマヒがでました。
今回のKEIKOの場合は、くも膜下出血なので助かる生存率、元のとおりに体が戻る可能性はとっても低いそうです。あくまで低いということでけっこう元に戻っている人ももちろんいるそうですが、なにかしらの後遺症が残る人も多いそうです。
手足に障害がでなくとも記憶障害などの「高次機能障害」になってしまう人多い。
とにかく脳のなかでのことなので後遺症がどうでるかはわからないみたいです。
KEIKOさんは、術後の今は、まだ麻酔から覚めていないので顔に酸素マスクがあてがわれ、点滴が打たれ
脳の状態、心電図等の機械に取り囲まれていてそういう状態でICUにいるんだと思われます。
私の知人は、くも膜下出血のときに術後1週間、意識が戻らなかったそうです。意識が戻ったときは、もう記憶がおかしくなっていたそうです。
私は、術後丸一日半くらい寝むっていたそです。なんか一日記憶がずれているんです。もちろん全身麻酔です。
麻酔が覚めて意識が戻るまでをまずは見守っていきたいですよね。
私は、自分を含めて若い年代の人が脳卒中になる人が増えているので、若い人の脳卒中に対する対応を予防だけではなく、なってしまった際の様々なことに目を向けていってほしいと思います!